妻が大貫妙子の新譜を買って来てくれた! 『UTAU』。大貫妙子のボーカルと坂本龍一のピアノによる作品集である。アルバムのために書き下ろされた曲『a life』が入っているけれど,ほとんどはすでに出ている作品の再アレンジである。大貫妙子は志賀直哉や日影丈吉みたいな作品集の出し方をする。
私の大好きな曲『夏色の服』も入っていた。涙がちょちょぎれるくらい感動しております。『ANTINOMY』が絶品である。最近のくだらない JPOP に嫌気がさした人にぜひお勧めします。ションベン臭い音楽シーンに息詰りそうな人に。可愛い女の子集団がテレビ画面のなかで飛び跳ねているのに,終末を感じないではおれない人に。
夢は剥ぎ取られ 輪郭を失い
取り戻せない時を 私は歩いていく
私はあなたと どこかですれ違う
閉ざされた心は それに気づかぬまま
ひとつのコインの 裏と表のように
離れることさえも できない苦しみよ
大人のロマンティシズムというのは,こういう「二律背反」の,抑えの効いた情念を言うのである。
今日午后,テレビで J リーグ,名古屋グランパス VS 湘南ベルマーレの一戦を観た。グランパスが初優勝を決めた。ストイコヴィチとトヨタ社長が抱き合っていたのが印象的である。野球の中日もリーグ優勝を果たし,米国で叩かれたトヨタも業績を回復しつつあり,ここでグランパスの J1 初制覇が成った。名古屋は絶好調である。
日本は東京の文明だけで成り立っているんじゃない — これをキモに命じよう。
D. Smirnov から,彼による松尾芭蕉句のロシア語訳についてチェックしてくれとの依頼を受けた。英語,ロシア語で手に入るいろんな芭蕉関連文献を丹念に調べていて頭が下がる。最近,Jane Reichhold による "Basho. The Complete Haiku" なる英訳全句集が Kodansha から出て,目下それに首っ引きだそうである。また芭蕉の俳句に基づく室内歌曲を作曲してほしいものである。
チェックを頼まれたのは,芭蕉寛文時代の最初期の 10 句である。日本語記述の誤りを正し,加藤楸邨『芭蕉全句(上)』(ちくま文庫,1998 年)から興味深い記述をロシア語に翻訳して送ってあげた。私は芭蕉の専門家でもないので,それくらいのお手伝いが関の山である。寛文時代の芭蕉の句は,私にはどうもイマイチである。「夜竊虫は月下の栗を穿つ」(延宝八年)— 冴え冴えとした静かな狂気に恐ろしくなる名句である — のような,漢詩文の伝統を巧みに詠み込んだ句あたりからがいいと思う。
Jane Reichhold
講談社インターナショナル