伊勢功治詩・柳智之画『天空の結晶』

伊勢功治詩・柳智之画による『天空の結晶』という詩画集(思潮社,2010 年)。仕事の縁で妻が著者から直接いただいたものである。面白そうなので,私も借りて読んだ。詩人・野村喜和夫による短評が,セルロイドの透明カバーに印字されてある。

シンプルなモノトーンのペン画と現代詩 19 編からなる。今風にいえばコラボレーションというのか。テクストを辿って面白く,眺めて楽しい。読書というよりも画集を眺めるような体験。詩集にはもともとこのような工芸的要素がある。

詩は,「六角形の螺旋階段」,「八十歳の洋館」,「十両編成の寝台車」,「九十六色の色鉛筆」といった数の形象に特徴がある。このテクストにあっては,「五月」という言葉もこの流れで組み立て直された印影を帯びている。私の感覚からすると,北川冬彦,安西冬衛などの昭和初期のモダニストが医学,化学,物理学などの世界から「三半規管」,「磁性体」などといった言葉を詩語にはじめて取り込んだときの新鮮味を,いままたふたたび味わったような面白さがある。そんな少し古風なモダニズム,そう,雪の結晶に静かな抽象美を感じるような趣きがある。モダニズムといっても,吉岡実のような触ると切れそうな危ない頽廃,前衛性,難解さはなく,明るく,清潔な透明感が漂っている。

私が好きな詩『冬のエフェメラル』を引用しておく。春に慎ましく咲く花の冬ごもりの果ての想像なのか。エフェメラルという植物名を巡ってラテン中世と大雪山系の北方イメージとを取り合わせたところがよい。

冬のはかなきものに誘われ雪の館に入る
六角形の螺旋階段を昇り
氷の回廊をめぐると
天女ケ原の舞姫が投げた
天からの手紙が舞い降りた
描かれていたのは
ウプサラの大僧正オラウス・マグヌスの
雪華のスケッチ
樹枝状六花の白い結晶
『冬のエフェメラル』 — 伊勢功治詩・柳智之画『天空の結晶』 思潮社,2010 年

伊勢功治さんは『写真の孤独』という写真批評の本も,最近,この詩画集とほぼ同時に出版なさった。読んだ妻の話だとこちらも面白いという。いつも読んでいる本とはちょっと毛色が違うので,私もぜひ。
 

天空の結晶
伊勢功治:詩
柳智之:画
思潮社

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