ヴャチェスラフ・イヴァノフ『評論集』

Ozon のデジタルライブラリ(Цифровая библиотека)販売を使ってみた。これは,料金を支払うと,pdf 形式の書籍がダウンロードできる販売形態である。品物は Вячеслав Иванович Иванов «Статьи» ヴャチェスラフ・イヴァノヴィチ・イヴァノフ『評論集』。162 ルーブリ,約 490 円也。

ヴャチェスラフ・イヴァノフは,森鷗外と同年,1862 年に生まれた前期ロシア象徴派詩人の代表格,ロシアルネサンスを体現する文学者・哲学者である。思うに,ロシアの文学者において唯一プーシキンと比肩すべきユニバーサル性(「ロシアの」云々などという狭い世界では捉えられない,その幅広い関心と知識,教養)を有する天才である。代表作は «Cor Ardens»『熱き心』(1911)。私自身は «Зимние сонеты»『冬のソネット』などが好きである。

本書は,詩論(プーシキン,レールモントフ,フランス象徴派等),美学・哲学的論考(スクリャービン,ワーグナー,ドストエフスキイ,ニーチェ等),書簡(ゲルシェンゾーンとの有名な往復書簡集)などの散文を,1114 頁のボリュームで収録している。ダウンロードして,とりあえず『詩形式のロマン』(プーシキン作『エヴゲーニイ・オネーギン』論)を読んだ。韻文小説という,文学の多面性を包含する詩形式の新しさ,強力さを,ヨーロッパ文学の文脈で論じたところ,イヴァノフの目のつけどころの確かさに脱帽した。ただし,ドストエフスキイの影響が鼻に付かないわけではない。

このデジタルライブラリ書籍は決定的な瑕疵がある。収録論文タイトルの pdf しおりが付いているだけで,目次がない。書誌的事項・註・ノンブル付けにおいて,まるで一貫性がない。このため,当該論考がいつ書かれ,いつどこに発表されたものなのかを探すのにえらく苦労するのである。冊子体ならばぱらぱら捲ってできることが pdf だと意のままにならない。この pdf 書籍から引用しようとすれば,この元になった刊行物を再確認するしかなさそうである。まあ,デジタル書籍とは所詮そのようなもの,と割り切るしかない。