日野でステーキを食う・開高健『ずばり東京』

昨日は正午あたりで激しい雷雨が東京に降り注いだ。事務所会議室から見える国会議事堂が暗雲下で稲光りする様は凄かった。急激な増水による事故で,お気の毒なことに,亡くなられた方もいたようである。今日は一過,夏の炎天となった。日野の顧客先での定例会議のため,午過ぎひとり溜池を出た。溜池山王,赤坂見附と地下鉄を乗り継ぎ,四ッ谷で JR 中央線に乗り換える。四ッ谷駅ホームで中央特快の待ち合わせ。炎天下,スーツを纏った我が身は暑さでメラメラと浮き上がるのを重い疲れで押し留められているかのようであった。ホームのベンチでコカコーラを呑み,しばらくぼーっとしていた。碧空に入道雲がもりもり湧き上がる快晴であった。列車が出て行ったあとの奇妙な静寂。一瞬ピカドンを想像。今日はヒロシマ原爆忌。

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JR 中央線・四ッ谷駅
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午后の会議の準備と目黒の顧客からの問い合わせ対応とで午前中きりきり舞いして,お午ご飯が食べられなかった。日野の会議が早めに終わり,もとより帰社する気合いも失せていたし,これからの長い乗車時間を思うと腹ペコも堪え切れず,私は日野駅すぐそばのマンション 2F にあるアメリカンなステーキ屋に入った。

ここはこれまで何回も子分と来た,私のお気に入りの店である。薄暗く,狭く,薄汚く,静かで,質素なたたずまいが好きなのだ。アメリカの田舎者の鷹揚にして愚昧なる人間臭さを思わせて好きなのだ。こういう店は都心では極めて珍しいのである。だから日野に来るとよく足を運ぶ。1,000 円で 120g のよく焼いた,バターも香ばしい肉を食わせてくれるんである。米国産牛肉であると想像する。安くて旨い牛肉ならじゃんじゃん輸入して食べさせてくれ。BSE? オラ・ソンナノ・カンケーネー。繊細なる松坂牛のレアなんて私には無縁なのだ。

注文するとまず,胡椒の効いたコーンサラダとともに,極々薄いコーヒーが,スプーンを立てたブリキのカップで出てくる。実は,これがコーヒーなのか変種の番茶なのかで,子分と争ったことがある。私は間違いなく二番煎じのコーヒーだと主張。コーヒーなら普通砂糖とミルクが付いてくるし食後に持ってくるでしょう,このモタついた香ばしさは番茶ですよと子分。論争がお莫迦でもあり,その真実を確かめることもせず(店に失礼じゃないか)それっきりとなったが,今日,これがやっぱりコーヒーであることが判明した。店のスケベそうなオヤジが私に「コーヒーのおかわり」を勧めたからである。最後に柚のシャーベット。コーヒーカップに立てたスプーンで食する。こんな気取りのないところこそ都心に稀なれ。

帰路,南部線の電車に長時間揺られながら,開高健の『ずばり東京』(光文社文庫)を堪能。昭和三十年代の東京に暮らす様々な人々の姿を開高兄ぃ独特の剛胆な文章で活写して妙である。「そうだよな,そうだよな」と私はひとりニタニタしていたのではなかろうか。帰宅して「午飯抜きだったから日野で食ってきた」と妻に言ったら,ステーキ食べたでしょと見透かされてしまった。