米国の元国防長官ウィリアム・S・コーエンによる謀略サスペンス小説『陰謀者たち』を読んだ。国防長官といってもピンと来ないひともいる。要はあのペンタゴンのトップである。『ウルトラ・ダラー』といい,この作品といい,黒い国際事情に通じたひとが,フィクションという形式で,国際謀略を語っているのは興味深い。「イソップの言葉」で伝えるしかないという判断だろう。
本書は二十一世紀の米国の本当の仮想敵中国における二つの勢力に絡めて,面白おかしい物語に仕立てられている。米国の思い通りにならない大国にロシアと中国がある。両国ともに大国としての品位と文民統制を維持しているけれども,国内には過激な非合法的手段で米国を転覆させようと目論むもの (「ならず者」) もいる。米国にも中国・北朝鮮に対し軍事的強行政策を強く主張するものもいる。この作品は,国内の強硬派とのせめぎ合いのなかで米国の「良識」ある側が,中国の「ならず者」の陰謀をくじくという物語である。それなりに面白かった。しかしながら,謀略小説のわりには黒幕がはじめから明らかにされていて,誰が糸をひいているのかというワクワク感がないのが残念だった。
こういう軍事行動や諜報といったピリピリするテーマを扱う作品では,主人公の発するジョークや皮肉,警句が人間的コンテクストに引き戻してくれる大事なモチーフになる。そういうところが私にとって本作品の美点である。「もちろん,ジェファーソン[大統領]自身にちょっとしたイメージチェンジは必要だろう。ブリオーニの四千ドルのスーツは手放さなくてはならない。ドットコム企業で敏腕を発揮した連中が,ブリオーニのスーツから,連邦刑務所の囚人服であるオレンジ色のジャンプスーツに着替えることも多かったからだ」(下巻 p. 134),「マーク・トウェインが言ったように,歴史は繰り返すとは限らないが,韻を踏むことはよくあるのだ」(下巻 p. 282),等々。
さすがにこの作品は,米国の「正義」を代表する視点に支えられている:
[主人公は]FBI がテロ事件を依然犯罪として扱っていることには懸念を示し,激しさを増すテロの嵐に対応するため,進行の遅い司法制度を見直す必要があると説いた。現行の制度では,起訴,予審,陪審裁判,控訴 — 結審まで何年もかかってしまう。そのあいだ,わが国を崩壊させようとたくらむ輩は星条旗に身を隠し,法律で保証された権利を我々に認めさせようとする。
「テロリズムは犯罪ではない」上院で議論が闘わされたときに彼は声を荒げた。「戦争だ」(上巻 p. 38)
なぜテロリズムが横行する事態になってしまったのかは議論の対象にはならない。敵は敵なのだから。まず目の前の敵を排除する必要がある。本書は世界が憎しみの泥沼に入り込んでいるという,当事者によるイソップの言葉である。