論文書式について — Microsoft Word と LaTeX

SLAVISTIKA のために論文を書き直した。研究室の方から論文の投稿書式をいただいたところ,Microsoft Word でしか受け付けられないことが判明した。LaTeX で組んだ PDF を入稿しようとしていた私は愕然としたが,しかたない。

LaTeX を Word に変換するソフトの体験版をダウンロードして試してみた。ロシア語を扱えないばかりか外部マクロスタイルを理解せず,まったく使い物にならなかった。しかたなく LaTeX で組んだ PDF からテキストをコピーして,Word に貼り付けて整形した。面倒この上ない。時間がかかるだろうと悲観していたが,今日一日集中して仕上げることができた。ロシア語を T2A エンコーディングで組むと,PDF の選択テキストをキリル文字できちんと Word 上にペーストできる。

しかし Word でないと論文を受け付けないというのは学術研究機関らしくないと私は思う。Word はほぼ Windows ユーザを前提とするわけであるし,ソフトの購入を投稿者に強要することになる。私は学術論文集は LaTeX で編集するのが一番だと信じている。Word と違って多くの OS で動作するし,プリンタドライバ要因だけで仕上がりが変わる Word と違って,機種に依存せず同一の文書が得られるし,フリーにして高品質である。複数の投稿者の論文の体裁を統一するのも LaTeX のほうがマクロの調整によって Word より容易だと思われるからである。LaTeX 人口を考えると Word の採用は分からないではない。でも,数学や物理学の学会は LaTeX 入稿が希ではないと聞く。それは投稿者に対し投稿規程として課す制約のひとつでしかないのである。

私は Windows が多言語を扱えない時代に,それゆえに UNIX を使うようになり,LaTeX を知るところとなった。ロシア語が日本語,ドイツ語などと同時に組める LaTeX に血道をあげるようになってしまった。正書法をきちんと踏まえて外国語を組めること,淵源において数学者が自分の著書を組むために開発し無料で配布したこと,その素晴らしい言語パッケージの多くがその道の研究者の手になるものであることなど,LaTeX こそ理科のみならず,外国語,古典籍の複雑な組版が必要な文科にも適した学術研究論文作成ツールだと考えるのである。

論文を Word に書き換えてみて,正直なところ,文書の仕上がりの品質は LaTeX には遠く及ばない。章立て,文献参照,引用,図表,キャプションなど,文書構造に応じて文書作成をコントロールできるほうが,見た目を調整してゆくワープロよりも美しく,効率よく論文集を仕上げるのに資すると思う。ロシア語フォントも Windows の Times New Roman のプロポーションより LaTeX Babel 標準の LH フォントのほうが遥かに学術論文としての気品があり美しい。SLAVISTIKA の編集者は,Word の応募原稿を集めたあと,ファイルを纏め,しこしこ目次を作り,ノンブルやヘッダ・フッタを調整し,各人の書式を統一するのに途方もない時間を使うに違いない。投稿規程を LaTeX クラスファイルとして配布しマークアップ規則を徹底して投稿者に入稿させれば,あっという間に論文集を組み上げることができると思うのだが。LaTeX は文系ではその存在を知るひと,使うひとが数少ないのでそうもいかないのだ。