ロシアのインターネットマガジンサイト Ozon は,昨年末,古書の海外発送を受け付けなくなってしまった。管理者にメールで問い合わせたときは,すぐに復活するようなことをいわれたが,依然ダメである。よい古書が出ても,恨めしげにやりすごすばかりとなった。
それでもときおり欲しい書籍を検索する。今日たまたま新刊書籍でよいものを見つけたので注文した。モノは Ю. Тынянов ユーリイ・トゥイニャーノフの "Проблема стихотворного языка. Изд. 3" 邦題『詩の言葉の問題』である。これはもともと 1924 年に初版,1965 年に第二版が出ていたのだが,なかなか入手できなかった文芸理論書で,なんとかして手に入れたいロシア語文献のひとつであった。今日会社から帰宅して,この 2004 年に刊行された第三版を Ozon で見つけておっとびっくり,すぐさまショッピングカートに入れた次第である。お値段は 96.9 ルーブリ,約 400 円也。最近では文庫本も買えない金額であるが,ロシアのソフトカバー装丁では普通の値段である。もっとも送料がその 3 倍かかるのだけれど。
トゥイニャーノフは 20 世紀の第一四半期に活躍した知る人ぞ知るロシアの文学史研究者,文芸理論家,作家であり,ロートマンやヤーコブソンといった日本でも著名な学者に計り知れない影響を与えたひとである。日本でもせりか書房から,本書の『詩的言語とはなにか』だけでなく,『ロシア・フォルマリズム文芸論集』など彼の論考の邦訳が刊行されている。プロコフィエフの『キージェ中尉』が彼の作品に基づいているのを知ると,「へぇー」と思うクラシック音楽ファンもいるかと思う。
文芸理論書などというと,小難しい記述でわけのわからないものが多い印象があるかと思う。しかしそれはたいてい翻訳の問題であり,邦訳で読むといまひとつわかりにくいが,原語では非常に明快な文章であることが多い。これは必ずしもロシアの文芸理論書に限らない特性だと思う。フランスの文芸理論書はフランス語で読んでも意味不明らしいけど。私は学生時代,プーシキン研究のために,トゥイニャーノフの『エヴゲーニイ・オネーギンの構成について』や『プーシキン』,『擬古典主義者とプーシキン』などを読み,その透徹したジャンル・様式論的アプローチや,言葉の身振りとしての詩的ダイナミズムの把捉に影響を受けたものである。もう亡くなった小平武先生(詩人鷲巣繁男との共訳によるアレクサンドル・ブロークの『薔薇と十字架』や詩集の訳業がある)と,彼の『ドストエフスキイとゴーゴリ(パロディーの理論によせて)』を読んだ思い出がある。
今回注文した書籍が届くのは二ヶ月後である。ロシアの郵便事情は相も変わらずよいとはいえない。ま,途中で失われてしまうようなことはいままでなかったのでよしとしよう。