パークシティの小広場

新川崎のツインタワーにある事業所でトラブル対応の仕事をはじめて,もうすぐひと月になる。三月六日から子分が付き,私がぎゃあぎゃあいってようやくプログラマ四名を割り付けてもらい,やっと私のチームもチームらしくなって問題点の対応作業が廻りはじめたところである。当初は怒りまくるだけであったお客さんとも,冗談口をたたける仲になりつつある。

午后のひととき,やはり外の空気を吸いたくなって,ビルの裏手にある高層マンション群の間にある小さな広場のベンチにやってくるようになった。熱いコーヒーを飲み,しばらく放心する。

その広場には,少し段差を付けて高くしつらえた一画があり,ちょっとしたブラスバンド演奏などの催しができるようになっていた。昨日は春一番が高層建築のあわいを強力に吹き荒れていた。コンビニの袋やら枯葉やら粉塵やらが舞いあがっている。同じ紺の制服を着た小学生が三人,なんの遊びなのか,この「舞台」を右に左に行ったりきたりしている。三匹の子ぶた。風に吹かれて翻弄の態か。狼が出ないのを祈る。

ここはパークシティという名のエリアで,一昔前は「億ション」と噂されたモダンな高層マンションが立ち並ぶ。ベンチの私の前を通り過ぎる初老のおばさんも,スパッツにデザインキャップなんかを着けて若づくりをしており,あんまりおばさんらしくない。平日の昼間なのに,若い男女が棟の入り口から出てきて,歩調を揃えてお出かけの様子。いうことをきかないダックスフントの前で女が途方に暮れて立ち尽くしている。

「舞台」の向こう側にある二十階建ての棟の最上階のベランダに,ひとの動くのがみえる。一瞬,宮部みゆきの小説『理由』を連想する。なにか恐ろしいものを感じる。こんなところに住まなくてよかったと思い,コーヒー缶を弁別ゴミのアルミ箱に捨てて私はそこを立ち去った。

事業所ビルのアトリウムに戻ると,自動ピアノ — 先日池田君がメンデルスゾーンの無言歌集を弾いていたあのグランドピアノが,いまはコンピュータ・プログラムに従って,ショパンの英雄ポロネーズを奏でていた。ピアノを設置した台のカーペットのフリルが,自動ドアの開閉をすり抜けてくる風に,激しく舞い騒いでいた。いまはショパンもただの騒音でしかなかった。