メンデルスゾーンのヴェニスの舟歌

今日の午,ごはんを食べようとビルの 1 階のアトリウムに出たそのとき,懐かしいピアノの音が響き渡っていた。なんだっけ,ショパン? いや,そうそう,メンデルスゾーン。無言歌集にあるヴェニスの舟歌。アトリウムにいつも置いてあるグランドピアノで若い男が演奏している。意外なところで,あの甘いトリルの旋律が直に体に伝わってきて,背筋に電流が流れ,私は立ち尽くしてしまった。

聴衆は私を含め三人しかいなかった。アトリウムを歩くたいていのひとはお腹の鳴る音のほうに気が奪われていたようである。演奏しているのはウチの会社の社員のようだった。いま私がトラブル対応の支援をしている事業部ではこんな催しをときおりするらしい。係員が配っていた小さなチラシには Vol.27 とある。演奏が終ったときパチパチ拍手をしたのは私だけであった。たった三人では拍手するのも勇気がいるようである。おい,拍手してやれよ!

私はメンデルスゾーンはアンドラーシュ・シフのレコード演奏がとても好きなのだけれど,池田君の演奏はそれよりよかった。私はどちらかというと巨匠の完璧なレコード演奏より素人の粗削りな生演奏のほうが好きなのである。響きがストレートに体のしんに染みてくるあの生命感は録音からはとてもえられないのである。

昨日の夜景といい,今日のピアノといい,設計書もないシステムのトラブル対応といい,この事業部は,なかなか,めったにない経験をさせてくれる。

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Felix Mendelssohn Andras Schiff
London (1990/10/25)