お彼岸のお休みに,ふと古いアナログレコードを取り出して聴く。NEBEN DEM FLUSS... Toshio HOSOKAWA。『河のほとりで』と題された細川俊夫の作品集。"NEBEN DEM FLUSS..." for Harp solo (1982),弦楽四重奏曲第 2 番 "URBILDER 原像" (1980),"WINTER BIRD" for Violin solo (1978),"MELODIA" for Accordion solo (1979) の 4 曲を収録している。日本現代音楽,西欧古楽,邦楽の録音で定評のある Kojima Recordings ALM レーベルの 1984 年アナログ盤である。
1980 年代中頃,学生時代の俺にとって,細川俊夫は武満徹,吉松隆と並んでわが国を代表する現代音楽作曲家だった。驚きよりも音楽本来の感動を志向するのは,現代の日本においてこの三人しかいないとまで思われた。そして世界のなかでも重要な位置を占めるべき三人だと。この思いはいまも変わらない。
この作品集が出た当時,まだ二十七,八歳だった細川俊夫は,創作ノートにこう書いている。
三月四日。ヘッセの『シッダールタ』のなかで,渡し守は,河のほとりでシッダールタに聴く ということを教える。シッダールタは河の声を聴くことで,自我を捨て統一(オーム)の領域へはいってゆく。この河の声とは何だろう。
「オームの領域へはいってゆく」ー いまでは少し寒気を起こさせる断片だが,ここでは措く。"NEBEN DEM FLUSS..." はここから採られている。キリスト教では太初の真理はことばだったかも知れないが,ここでは聴きとるべき何かであるということだろう。作品集は,細川がバビロンの流れのほとりで聴きとった何かだろう。水ではなく河。その静かな奔流に立ち上る不規則と調和とに,此岸,外側から嵌入しようとするこころの音楽。
このレコードは,学生時代,新譜で出てすぐ手に入れ,細川俊夫作品のなかでもたいへん気にいっているもののひとつ。数住岸子のヴァイオリンのシャープな緊張感にしびれる。1997 年に数住岸子が若くして亡くなったとき,その訃報を聞いて,夜中にひとり,彼女の演奏する三善晃のヴァイオリン協奏曲,この盤の弦楽四重奏曲第 2 番 "URBILDER","WINTER BIRD" を聴きながら,彼女の生前の演奏を偲んだものである。
今年は俺の近しい人が何人も亡くなった。お彼岸におはぎと熱いカフェオーレをいただきながら,ふとこれを聴きたくなったのは,河のほとりに彼岸の音を聴くような心境になったからかも知れない。
残念ながら,現代音楽レコードの悲しい商業的事情により,この素晴らしい盤はすでに廃盤となって久しく,CD 化されたこともないようである。クラシックアナログ専門の中古レコードショップを丹念に探してもらいたい。原盤を保有している Kojima Recordings は健在なので,そのうち CD 化されることを期待したい。