米をもらう・TPP

今日,会社から早めに帰宅した。炊飯ジャーを覗くと少しばかりご飯が残っていた。これを食って,今日の晩ご飯のためにご飯を炊くことにした。出版社で編集作業をしている妻が,できあがった本のお礼とのことで,著者の先生から新米をいただいた。奈良県産・吐田米(はんだまい)という銘柄である。経営する田んぼで穫れた新米だという。モチモチ感のある,たいへん旨い米である。2 カップを磨ぎ,その 1.2 倍の水で炊飯を仕込んだ。

残っていたご飯は,自分でおにぎりを結んで食った。塩と海苔だけのおにぎり。米はおむすびにするとまた違った食感・旨味があり,感心する。おにぎりにはどこどこの,こうこうして炊いた米がよい,などと言う米にうるさい人もあるらしい。ありがたいことに,私には米のブランドの違いはよくわからない。米はうまく炊いてすぐ食うのがいちばん旨い。ただそれだけである。

新米が出回る季節になった。テレビでも北海道米『ゆめぴりか』の CM なんかが流れている。これ,5 kg で 3,380 円もする(コシヒカリの 1.5 倍くらいの値段ではなかろうか)というのだから,どんなに旨いのかと興味が湧く。というのも,私が学生だった 30 年近く前は,北海道産の米はまずいというのが定評だったからである。それがいまやコシヒカリよりも高い値をつけている。技術革新のなせるわざか。札幌にいたころ,米屋に行くとコシヒカリ,ササニシキなどと並んで道産米代表選手・キタヒカリが並んでいた。まずい米。そして恐ろしく安い。貧乏学生だった私は,当然ながら,いつもキタヒカリであった。それでも,金に困って,米だけで 1 週間凌いだことがあり,さすがにそのときはキタヒカリのありがたみが身に沁みたものである。

福島県産の米に基準値以上の放射線量が検出され出荷停止となった。いよいよかという感があるけれども,米は日本人の食の原点でもあり,ホント哀しくなる。「風評被害が心配される」なんて記事にあったけど,ここまで来ると,もう「風評」ではなく厳然とした「事実」である。なのに政府もマスコミも福島第一原発事故との因果関係をぼやかすのにやっきになり,この期に及んでも「風評被害」の心配を全面に出す。東電を庇ってこんな隠蔽をするから,不信感に駆られた市民が自治体任せにせず独自に放射線量を計測しはじめる事態になり,いまや「風評」が「不信」に転じてしまっている。政府・自治体はこれを重く受けとめるべきなのである。こんなことじゃ TPP 以前に福島県周辺の農業が壊滅してしまう。日本産というだけで海外では売れなくなっている。日本産の「食の安全神話」はすでに崩壊している。その現実をきちんと認めるところから再出発すべきなんである。TPP はこの悪い状況に拍車をかけるに違いない。
 

20111117-onigiri.png
 

* * *

TPP といえば。野田総理が APEC で TPP への参加を表明した。閣内・民主党内でも意見がバラバラで,最終的に野田首相の決断でここに至ったということになっている。本当に大事なことは議論で決められないというのがこれまでの日本の政治のお定まりのパターンである。そこで,野田首相がある意味で「強引」な行動に出たことを,私は評価している。これはドジョウが泥のなかで何やってのかわからんというような陰険なやり口ではない。思うに,野田さんはこれで男を上げた。日本の政治では,こうして「既成事実」にしてしまうことが局面を打破するブレークスルーになるのである。日本人は存在を賭けて行動を決するのは苦手だが,決まってしまったことに順応するのはきわめて得意だからだ。米国との間の認識違いについて,やれ「二枚舌」だとかバカがいま騒いでいるけれども(そもそもこれ,野田さんの二枚舌問題ではなく,通訳すなわちコミニュケーションの責任をもつ外務官僚の語学レベルの問題じゃなかろうか),もう後戻り出来なくなった。

日本が参加表明した瞬間に,酪農自由化を怖れるカナダすらも参加を表明した。これ,乗り遅れるととんでもない事態になるという各国の危機感を如実に表している。米韓 FTA 批准で目下大揉めに揉めている韓国も,日本の TPP 参加表明で,早く批准しなくちゃと焦り出した。中国も日米経済圏から締め出しを食らうことにびびり出して,ASEAN+6 こそに拘るよう日本を牽制している。意外にも,日本の経済的影響力の凄さを改めて認識させられた。

TPP は二国間 FTA と大きく異なり,参加国が多いだけに個別国の事情で除外品目を設けるには,相当高いハードルがある(だから韓国は参加をやめたのだ)。「すべての」というキーワードは TPP の TPP たる所以に近い。となると,これからの日本では,脱退するか否かの議論,「すべての」品目条件を受入れた上で国内産業の競争力強化をいかに果たすかの議論の二つに一つ。そして後者がメインになって行くと思う。これでよいと思う。

ニコニコ動画で,渋谷駅交差点での若者たちによる TPP 断固反対のデモ動画をみた。何故に反対か。演説者曰く「自由化で人的資源の往来が活発になったとしても,東南アジアの貧乏人が大量に日本に来るだけだ。東南アジアに行きたい日本人っているか? え? いるわけねえ! だから日本にとって TPP は何のメリットもない」。何を言っているのかさっぱりわからない。労働力を集めることで日本が豊かになるならいいじゃねえか。

足手まといの子供を生みたくない現代日本では,ただでさえ労働人口が減少に転じ,急速に老人の絶対数が増え続けているのである。たくさんいる団塊の世代がまったく子供を作らなかった恐ろしいツケがいま出ているのである。あと数十年したら一人の労働者が一人の老人+コンマ何人かの子供を養わなければならない時代が来る。それこそ皇国日本の終わりである。そう考えると,若い東南アジア人が日本に住み着いてくれれば言うことがない。治安が悪くなるって? 「伝統」文化が失われるって? それはまた別問題である。日本でお行儀よく暮らすことが外国人の魅力になるような,フェアな社会造りをすればよいのだ。そして,彼らが何年か立派に働いて日本に住み着いたのであれば,ポンポン日本国籍を与えればよいのである。そうやって日本人を殖やすのだ。日本人とは,根拠のない日本民族なんぞではなく,日本国籍をもっている者のこと,でよい。

いまただでさえ職がない日本の若者は,外国人流入でさらに競争が厳しくなる — これは喫緊の確かな問題である。おそらく渋谷で TPP 反対を大合唱していた若者右翼は,そうしてセブンイレブンやすき家で中国人に仕事を奪われた一群なのだろう。ならば,そもそも日本語という言語の圧倒的アドバンテージをもって,技能を身につけ,競争に勝てばよいのである。この言語障壁のため外国人のできる仕事は限られて来る。あるいは日本の若者も海外に出ればよいのである。ブツクサ言ってないで,若いんだから競争に勝つために勉強しろ,仕事の質を高めろ。

元首相・中曽根康弘氏がフジテレビのニュース番組に出演し,「(野田首相の)判断は正しかったと思いますね。[ ... ] これからの経済の発展、国力の伸長、そういうものを考えると,世界に目を開いた,太平洋に窓を開けた日本で行かなきゃ駄目だと。幕末の時の尊王攘夷みたいな考えでは,もう通用しないと思います」と述べた。TPP 開国への反対を幕末の尊王攘夷運動に喩えるところ,現在の政治情勢が末期江戸幕府に似ていると大局的に捉える老大家ぶり。さすが一国の首相を経験した人である。

TPP は民主党,自民党の二大政党を党内二分するくらいの大問題になっている。でも製造業をはじめとする大企業・経産省の後押し,それにへつらうマスコミの情報操作で,まず間違いなく TPP 推進派が勝つと私は思う。その前に総選挙で状況は変わるかも知れないけれど。「アンタは農家でも,医療関係者でも,中国人の安価な労働力に負けた単純労働者でもないからそんなことが言えるんだ」と言われるかも知れない。そう。その通り。自分の仕事・生活にとってよい方向に導いてくれる政治こそ支持すべき政治,そして,それが数の論理で推進されることこそ民主主義 — それのどこが悪い。私は野田首相を支持します。