TeX での古代教会スラヴ語の利用について
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[ About English description of OldSlav LaTeX package, see oldslav.pdf. ] | ||
はじめに |
TeX システムは,追加スタイルやフォントのセットアップ,利用方法の調査など少々面倒な準備を厭わなければ,様々な言語において高品質なタイプセットを実現する.ロシア語,ウクライナ語ほか現代スラヴ語は標準的な TeX システムにおいて利用が可能となっている一方,古代教会スラヴ語に関してはロシアの TeXnician によっていくつかの試みがなされている. 私の知るところ,古代教会スラヴ語タイプセットのための TeX パッケージは三種類ある.SlavTeX, HipTeX そして Izhitsa である. これらは,教会スラヴ語の古文献を引用するのに必要かつ充分な品質を有しており,スラヴ研究者にとって有益であると思われる.本稿ではそれぞれの特徴を素描し,システムへの導入方法を示す. |
SlavTeX |
SlavTeX は,モスクワ大学の А. Слепухин スレプーヒン氏が Свято-Тройцкая Сергиева Лавра 出版部門からの委託によって開発した古代教会スラヴ語パッケージである.1994 年の公開であり最も古い試みではないかと思う.ロシア語版 PC-DOS での利用を想定しており,テクストの記述は ALT CP866 (PC-DOS 標準ロシア語コード) で行う必要がある点,時代を反映しているといえる. メンテナンスは停止されているようで,最近は CTAN (TeX のアーカイブ) で入手できなくなっている.一時期インターネット・リソースから姿を消したが,私の求めに応じて LaTeX Cyrillic システムのメンテナー В. Волович ヴォローヴィチ氏が vsu の TeX アーカイブに格納してくださった. 残念ながらオリジナルは LaTeX では利用できない.slplain.fmt という独自の TeX フォーマットを生成して,TeX で文書をコンパイルする必要がある.日本語との混在も不可である. このため私は,日本のユーザが pTeX 環境で SlavTeX を利用するための OldSlav パッケージを公開している.OldSlav は以下の対応を行っている.
- 7bit コードで記述するためのシンボル,コントロールシーケンスの追加 書体が美しい.後述する他のパッケージを含め私のもっとも好むところである.サンプルとして添付されているドキュメントをタイプセットした結果の画像を以下に示す. |
HipTeX |
HipTeX は,А. Воинов ヴォイノフ氏が開発・公開するパッケージであり,これもロシア正教会文献の美しい組版を得たいという宗教的情熱に動機づけられている.現在もメンテナンスが続けられており,2002/7 時点での最新版は 0.5.95 である.正教会の文献で用いられるオーナメントを挿入するコマンド,画像が用意されているなど本格的で,まじめに古代教会スラヴ語をタイプセットしたいユーザにはお勧めである. Hip というのは,複雑なアクセント/気息記号体系を有する教会スラヴ語テクストを現代のコンピュータ・コードで表現するための標準的記述形式を指向するもので,これに則って TeX 文書を準備するところからパッケージ名が由来している. 最新の LaTeX を前提とした作りになっており,キリル文書用の LaTeX 標準パッケージである,いわゆる Cyrillic Bundle を必要とする.これは日本語 pTeX にも標準で組み込まれているはずである. LaTeX の多言語システムの標準である Babel における利用が考慮されており,現代ロシア語その他言語と混在したタイプセットが可能である.古代教会スラヴ語用のハイフネーション・パターンも提供されている. フォントはポストスクリプト形式で添付されており,izhitsacs,orthodox,pochaev の高品質な三書体が利用できる. 文書はキリル文字で記述する必要があり,日本語との混在は不可能である.また私が試した範囲では,インプット・エンコーディングは Windows CP1251 でないとうまく動作しないようである. 添付のサンプル文書のタイプセット結果の一部を示す.
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Izhitsa |
Izhitsa は О. Мотыгин 氏が書いたパッケージで,CTAN で入手できる.上記二者と比較するとこれといって特徴のないパッケージであるが,インストールが手軽である.古代教会スラヴ語テクスト断片を引用する程度の利用ならばこれで充分と思う. テクストは Windows CP1251 で書く必要があり,よって日本語との混在はできない.これでは日本のスラヴィストには不都合極まりないため,私はオリジナルに手を加えて日本語 pLaTeX で利用可能としたものを Izhitsa-ltn としてこっそり公開している. Izhitsa-ltn 概要,インストール,利用方法については,「古代教会スラヴ語 LaTeX パッケージ Izhitsa-ltn 利用の手引き」を参照されたい. OldSlav と Izhitsa-ltn はともに pTeX で利用できる古代教会スラヴ語パッケージである.なにより書体の好みで使い分けるのが一般的かと思われる.機能的には,Izhitsa-ltn にはラテンアルファベットによるトランスクリプションによって教会スラヴ語を入力できるメリットがある.一方 OldSlav はローマ字転写入力が可能である上,Babel 多言語標準インタフェース,自動ハイフネーションを提供しているところが Izhitsa-ltn にない特長である.また OldSlav は HipTeX のオーナメント画像を出力する命令もサポートしている.もちろんこの場合 HipTeX 添付の画像ファイルが別途インストールされていなければならない. Izhitsa-ltn 及び OldSlav によって組版した例("Псалтирь" цит по кн.: Плетнева А. А., Кравецкий А. Г., "Церковно-славянский язык", М., 1996., С.127. --- 『詩篇五十番』からの引用)を次に示す.
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古代教会スラヴ語パッケージのインストール |
FreeBSD (UNIX クローン) システムを前提に,インストール手順を説明する.Linux, Mac OS X は これと同じ手順が適応できると思う.Windows においてもパッケージの諸々のファイルを TDS (TeX Directory Structure) に相応したフォルダ構成で格納し,フォントマップを更新すればよいはずである. OldSlav の Windows インストール詳細についてはドキュメント oldslavdoc.pdf を参照. (English document of OldSlav is now available.) コマンドの実行は tcsh を想定しており, % は一般ユーザの, # はスーパーユーザのプロンプトであることを示している.行幅の関係で \ で折り返してコマンド行を記述しているところがあるが,実際は \ をタイプせずひと息に入力する.
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SlavTeX, OldSlav インストール |
2005/11 現在,SlavTeX が入手できるのはロシア・ヴォロネジ大学 vsu の FTP サーバとそのミラーからのみである.vsu では,オリジナル版と,TeX 新 TDS 調整版との二つの SlavTeX-2.2 アーカイブを擁している.オリジナル版は METAFONT ソースを処理して TFM 及び PK フォントを生成する伝統的な形態であるのに対し,新 TDS 調整版は,А. Слепухин 氏のオリジナルを В. Волович 氏が調整・アーカイブしたものであり,予め TFM が生成されており,さらに Type1 フォントをサポートしている.ここでは後者について説明する. SlavTeX とともに OldSlav をインストールする手順を示す. pTeX 環境で和文,多言語混在で利用できるようになる.詳細はドキュメント oldslavdoc.pdf (JP), oldslav.pdf (EN) を参照. UNIX システムへのインストールは OldSlav 添付の Makefile で比較的簡単に行える.OldSlav パッケージをダウンロード・展開し, make fetch で SlavTeX パッケージの取得, make slinstall で SlavTeX の組み込み, make install で OldSlav の組み込み, make hyphinstall で OldSlav ハイフネーション・パターンの組み込みを実施する. slinstall, install に HASH=n, MAP=n を付加すると,それぞれ mktexlsr, updmap を実行しない. make samples-jp, make samples-en, make slsample はそれぞれ日本語,英語,SlavTeX オリジナルの文書サンプルをタイプセットする. make samples-utf とすると UTF-8 によるサンプルをタイプセットする. Utf82TeX が必要である. OldSlav には Babel 日本語言語定義 nippon.ldf, nippon.sty を添付している.もし同名のファイルがすでにインストールされている場合, OldSlav インストーラは上書き,別名コピー,もしくはなにもしないのいずれかを問い合わせるようになっている. % cd ~/tmp % wget -nH -nd \ http://yasuda.homeip.net/archives/oldslav-1.2.tar.gz % tar zxvf oldslav-1.2.tar.gz % cd oldslav-1.2 % make fetch % su -m # make slinstall # make install # make hyphinstall # exit % make samples-jp % make samples-en % make samples-utf % make slsample 以下は Makefile を使わないで手動でインストールする手順である.Makefile は 1. から 5. までをカバーしている. OldSlav は SlavTeX METAFONT から生成した Type1 フォントを提供している.これは,SlavTeX-2.2 添付の Type1 フォントだと dvipdfmx で生成した PDF が Adobe Reader 8 において「フォント抽出エラー」となってしまうため,このエラー対策を行ったものである.よって OldSlav 提供のフォントマップと Type1 フォントが確実に参照されるようにするため,以下の手順では SlavTeX 添付のものを削除するようになっている.
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HipTeX
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HipTeX は作者 А. Воинов 氏のページからダウンロードできる.
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OldSlav の利用 (概要) |
ここでは OldSlav を通して SlavTeX フォントを利用する概略について述べる. OldSlav 利用方法詳細については,OldSlav 添付ドキュメント oldslavdoc.pdf (JP), oldslav.pdf (EN) を参照されたい.
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SlavTeX オリジナル, HipTeX 利用方法 |
SlavTeX, HipTeX の利用方法詳細については,それぞれパッケージに添付されたドキュメント sltexmnl.dvi 及び hiptex.dvi を参照されたい.ロシア語で書かれているが,古代教会スラヴ語を志す利用者にとって問題はないと考える. 別途,折をみて本ページでも概略を紹介したいと思う.ここでは TeX 原稿の文字コードについてのみ触れておく. SlavTeX は CP866 (Alt), HipTeX は Windows CP1251 のキリル文字コードによって TeX 原稿を記述する. Emacs はともにサポートしている. CP866 のファイルを開くには, M-x universal-coding-system-argument RET alternativnyj RET C-x C-f ファイル名 RET とする.また CP1251 コードを Emacs version 23 未満で扱う場合は,予め .emacs 初期設定ファイルに, ;; code page CP-1251 (codepage-setup 1251) (define-coding-system-alias 'windows-1251 'cp1251) と記述しておき,同様に M-x universal-coding-system-argument RET cp1251 RET C-x C-f ファイル名 RET とするとよい. Emacs 23 ならこの elisp の追加は不要である.ご使用のエディタが Emacs でなくても,なにかひとつキリル文字コードが扱えるのであれば,これで原稿を書いて iconv などのコード・コンバータで変換すればよい. |
参考文献・リソース |
OldSlav 開発に際して参照した参考文献,インターネット・リソースを以下にあげる.教会スラヴ語 LaTeX の利用についても有益な情報源である. Slepukhin A., "A Packeage for Church Slavonic Typesetting", TUGboat, Volume 16 (1995), No.4
SlavTeX の作者 А. Слепухин スレプーヒン氏による教会スラヴ語タイプセットの実現方式に関する論文(英文/露文)
SlavTeX パッケージ.CyrTeX-ru における В. Волович ヴォローヴィチ氏の記事 Re: Где SlavTeX? も参照いただきたい.
HipTeX の作者 А. Воинов ヴォイノフ氏のページ(露文)
LaTeX における T2D Unicode による古ロシア語フォント・エンコーディングに関するプロシーディング(英文)
教会スラヴ語文字構成に関する解説(露文)
Лебедев А., "Соборник двунадесяти месяцей --- Из церковно-славянского требника издания 1882 года."
正教会で用いられた требник(聖事経 --- 儀式や祈祷奉事についてしるした正教会文献)の写本画像を公開している.教会スラヴ語月名調査で参考になった.(露文)
Начинкин Е., "Славянская Библия."
教会スラヴ語による新・旧約聖書の PDF を公開している.(露文)
Плетнева А. А., Кравецкий А. Г., "Церковно-славянский язык", М.: Просвещение, 1996.
近年出版された,ロシアの研究者による教会スラヴ語の教科書.古文献テクスト校訂は В. М. Живов による.OldSlav パッケージの作成で参照した.(露文)
Священник магистр Григорий Дьяченко (состав.), "Полный церковно-славянский словарь в 2-х томах", Репринтное веспроизведение издания 1900 г., М.: Терра -- книжный клуб, 1998.
1900 年に出版された教会スラヴ語辞典(1998 年の復刻版).OldSlav パッケージの作成で参照した.(露文)
Седакова О. А., "Словарь трудных слов из богослужения. церковнославяно-русские паронимы", М.: ГЛК, 2008.
ロシア語,ギリシア語と対比して記述した教会スラヴ語難語辞典.Титло で記される語の一覧なども掲載されている.(露文)
Сѷнодальнаѧ тѷпографїѧ, "Біблїа, сирѣчь книги Свѧщеннаго Писанїѧ Ветхаго и Новаго Завѣта съ параллельными мѣстами", СПб., 1900 г., Репринтное веспроизведение издания 1900 г., М.: Российское библейское общество, 2005.
ロシア宗務院によって 1900 年に出版された,旧約・新約聖書の教会スラヴ語訳.もっとも権威ある教会スラヴ語版聖書.(教会スラヴ語)
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