大津皇子の恋歌

『万葉集』巻二に,大津皇子おおつのみこの興味深い恋歌がある。

大船おほぶね津守つもりうららむとはまさしに知りて我がふたり寝し

「大津皇子,石川郎女いしかわのいらつめひそかにひたまへる時,津守連通つもりのむらじとほるの其の事をうらあらはせれば,皇子の作らす御歌一首」との詞書がある。「占へ露は」す,つまり,占いに顕れるとは書かれているが,津守連通というのは諜報・秘密警察のような役割を担った役人であり,密かに探りを入れて知るという意味だろう。

つまり,この歌の意味は「スパイにバレていると知りながら俺はお前と寝たのさ」。反対勢力に取り囲まれる政治的苦境のなかで,そんなのどこ吹く風とばかりに愛欲に身を委ねるその豪胆さに,思わずしびれてしまう。
 
大津皇子は父・天武天皇の崩御後まもなく,謀反の罪に問われ処刑された皇子。二上山にある彼の墓に,俺は高校生のころお詣りしたことがある。それにしても,叛逆の罪に問われた者による,かような愛欲の詩さえも収録する『万葉集』というわが国最大の詞華集には,本当に驚かされる。

令和に御代替りとなり,はじめて国書がその典拠とされたことから,四月以降,にわかに『万葉集』関連の図書が書店の平積みを占めるようになった。俺も令和を寿ぎ,久しぶりに『万葉集』を手にとりつまみ食い。